つれづれに思うこと、本や映画の感想、菜食レシピなどなど、心のままに書き綴っています。
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元旦は年賀状が届き、出していなかった方への賀状を慌てて作成投函してきた。
中央郵便局の前は、年賀葉書を買い求める人、私と同じく投函にきた人々(の車。何せ田舎なものでみんな車で出かけます)で混雑していた。
雪がちらつく中で職員なのか、アルバイトなのか、若い方が2~3人、
「年賀状お受け取りします」と、例の郵便物を入れるがま口を大きくしたような袋を持って、建物の前に立っていた。こちらはドライブスルー状態で手渡すだけでいいので大変有難かったのだが、本当に寒い中、気の毒で何だか申し訳ない気持ちになる。
「すいません、お疲れ様」
と声をかけつつ葉書を渡すと、受け取りながらニコリとこちらに向けた顔が印象的だった。
中央郵便局の前は、年賀葉書を買い求める人、私と同じく投函にきた人々(の車。何せ田舎なものでみんな車で出かけます)で混雑していた。
雪がちらつく中で職員なのか、アルバイトなのか、若い方が2~3人、
「年賀状お受け取りします」と、例の郵便物を入れるがま口を大きくしたような袋を持って、建物の前に立っていた。こちらはドライブスルー状態で手渡すだけでいいので大変有難かったのだが、本当に寒い中、気の毒で何だか申し訳ない気持ちになる。
「すいません、お疲れ様」
と声をかけつつ葉書を渡すと、受け取りながらニコリとこちらに向けた顔が印象的だった。
一方で家に帰ってパソコンを開くと、友人知人からのE-mailが届いている。普通に文章だったり、Yahooや楽天の楽しいE-カードだったり。
こちらにも出していなかった人にはさくさくと返事をする。温かいお茶を飲みながら姿勢すら変えることなく、画面を開き、カードを選んでメッセージを入れる。送信して、終了。もちろんどのカードも瞬時に届き、相手がパソコンを開いてメールをチェックしたらすぐに見られる。
葉書が結構な時間、労力、手間にお金がかかるのに対して、後者の手軽で安くて(パソコンやインターネットの接続費用を考えても、メールのみを目的にしているわけではないし、E-カードそのものは消費者からは無料で送れるし)素早いこと!
送るほうも送られるほうも気軽な分、上記のような係りの人にねぎらいの言葉をかけるなどの「人とのふれあい」が限りなく希薄になるわけだ。
ただ、職場の上司や目上の方、そう親しいわけでもない知人に出すのであれば、やはり「葉書」のほうに軍配があがるだろう。親しい方でも普段なかなか会えなくて、家族の写真を送りたい場合でもやはり年賀状を郵送だ。
パソコンにしても携帯電話にしても、その恩恵には十分感謝している。
でもさまざまなツールが発明されて生活が便利になった分、昔では考えられないような決断をしなくてはならない場面が増えてきている。その選択肢はこの先さらに加速度的に増え続けていくだろう。
(そういえば、自分が子供の頃普及していなかった携帯電話やパソコン、コンピューターゲームのわが子への与え方、使わせ方に戸惑うという話はよく聞く。我が家でも数年の内にはきっと子供との熾烈な(?)駆け引きが始まることであろう…)
でも結局はそれを使うのも人間。その選ぶ手段はどうあれ、コミニュケーションの相手も人間。人の心はハードウェアの変化ほどには変わらないものだ。外界や外面の変化に惑わされず、人として大切なことを蔑ろにしないで生きて行きたいものだと思う。
こちらにも出していなかった人にはさくさくと返事をする。温かいお茶を飲みながら姿勢すら変えることなく、画面を開き、カードを選んでメッセージを入れる。送信して、終了。もちろんどのカードも瞬時に届き、相手がパソコンを開いてメールをチェックしたらすぐに見られる。
葉書が結構な時間、労力、手間にお金がかかるのに対して、後者の手軽で安くて(パソコンやインターネットの接続費用を考えても、メールのみを目的にしているわけではないし、E-カードそのものは消費者からは無料で送れるし)素早いこと!
送るほうも送られるほうも気軽な分、上記のような係りの人にねぎらいの言葉をかけるなどの「人とのふれあい」が限りなく希薄になるわけだ。
ただ、職場の上司や目上の方、そう親しいわけでもない知人に出すのであれば、やはり「葉書」のほうに軍配があがるだろう。親しい方でも普段なかなか会えなくて、家族の写真を送りたい場合でもやはり年賀状を郵送だ。
パソコンにしても携帯電話にしても、その恩恵には十分感謝している。
でもさまざまなツールが発明されて生活が便利になった分、昔では考えられないような決断をしなくてはならない場面が増えてきている。その選択肢はこの先さらに加速度的に増え続けていくだろう。
(そういえば、自分が子供の頃普及していなかった携帯電話やパソコン、コンピューターゲームのわが子への与え方、使わせ方に戸惑うという話はよく聞く。我が家でも数年の内にはきっと子供との熾烈な(?)駆け引きが始まることであろう…)
でも結局はそれを使うのも人間。その選ぶ手段はどうあれ、コミニュケーションの相手も人間。人の心はハードウェアの変化ほどには変わらないものだ。外界や外面の変化に惑わされず、人として大切なことを蔑ろにしないで生きて行きたいものだと思う。
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読書が好きな2児の母。平和と調和を願う菜食主義者です。瞑想を通じて精神・霊性・身体の向上を目指しています。
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